村田雅春牧師のブログ「聖霊の二つの流れ」

村田雅春牧師のブログ「聖霊の二つの流れ」使徒5:15~16 人々は病人を大通りへ運び出し、寝台や寝床の上に寝かせ、ペテロが通りかかるときには、せめてその影でも、誰かにかかるようにするほどになった。また、エルサレムの付近の町々から大勢の人が、病人や汚れた霊に苦しめられている人などを連れて集まってきたが、その全部が癒された。

「力の伝道」の著者であるジョン・ウィンバー師は、聖霊の激しい流れの中で、今迄経験した事のないような広がりを味わいました。ある時に、彼が飛行機に乗っていた時の事です。ある紳士を見て声を失いました。その紳士は、彼が自分を見つめて声が出なくなさっているので、違和感を覚えて「私の顔に何かついているのかね。」と言うと「すみません。あなたの額に姦淫と書かれています。その相手の女性の名前は〇〇さんですね。それで私の信じている主が(あなたが姦淫をやめて悔い改めないと命を取り上げる)と言っています。」と言うと、この紳士は青ざめました。全てがその通りだったからです。

それで、紳士は悔い改めて信仰に入りました。聖霊様が働かれるとそのような事が起こるのです。このように聖霊様の爆発的な御働きによってリバイバルが広がりました。一方、ある働き人は「リバイバルは超自然的な事ではありません。農家の人達が、種を蒔き続けて沢山の収穫をするように、全員のクリスチャンが伝道すればリバイバルは起きるのです。」と言っています。たとえば、毎週教会に礼拝に集うクリスチャン達が40万人いたとします。その全員が一年に1人ずつ救いに導けば、2年目でクリスチャン人口は80万人になり、3年目には160万人に、4年目は320万人になり、なんと8年で1億2千800万人になります。確かにこれは超自然的な出来事ではありません。信仰と行動によって得られるものですね。

これは聖霊の流れによって爆発的なリバイバルが起きるのとは違いますが、信仰と行動によっても起きるものです。現在のクリスチャン達は、この二つの流れのどちらかに偏っていたり、反対に両方共拒否する人達が殆どです。しかし、この二つをミックスすると素晴らしい力になります。イエス様には、両方の力が働いていました。詳しくは「聖霊の二つの流れ」を見て下さいね。